カーニヴァル化する社会
2005年5月31日 読書
立ち読み。
「はじめに」で「カーニヴァル」のことを「祭り」として、2chとかイラク人質事件のことに触れてるのだから、当然そういった内容だと思って読んでいったら全然違った。そもそも「カーニヴァル化」を(筆者が言うように)バウマンの用語の援用としてつかったとしてもカーニヴァル化にあんまり触れてないじゃないかと、最後の最後でむりやり繋げてるけどどうも納得できん。題名が面白いと思って読んだのに、内容が違うぞ。まあ、面白く読んだからいいんだけどさ。
で、まあ内容はフリーターとかニートとかから、監視社会、携帯電話といった現代社会論ですね。論旨はまあ納得できるんだけど、あんまり驚くような切り口とか論考はなかった。たぶん、個人のブログとしてこの文章を発見してれば、お気に入りに入れてファンになったと思うが、新書の内容としては物足りないな(まあ、わしが最近似たような内容のものをやたら読んでるっていうこともあるかもしれん)。
でも、気になる本ではあった。立ち読みなので読み返すことはないと思うが、新刊があったらまた読んで見たい。
「はじめに」で「カーニヴァル」のことを「祭り」として、2chとかイラク人質事件のことに触れてるのだから、当然そういった内容だと思って読んでいったら全然違った。そもそも「カーニヴァル化」を(筆者が言うように)バウマンの用語の援用としてつかったとしてもカーニヴァル化にあんまり触れてないじゃないかと、最後の最後でむりやり繋げてるけどどうも納得できん。題名が面白いと思って読んだのに、内容が違うぞ。まあ、面白く読んだからいいんだけどさ。
で、まあ内容はフリーターとかニートとかから、監視社会、携帯電話といった現代社会論ですね。論旨はまあ納得できるんだけど、あんまり驚くような切り口とか論考はなかった。たぶん、個人のブログとしてこの文章を発見してれば、お気に入りに入れてファンになったと思うが、新書の内容としては物足りないな(まあ、わしが最近似たような内容のものをやたら読んでるっていうこともあるかもしれん)。
でも、気になる本ではあった。立ち読みなので読み返すことはないと思うが、新刊があったらまた読んで見たい。
コメントをみる |

拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる
2005年5月29日 読書
著者は、銀行マンとして14年勤務した後、大学に入りなおして建築家を目指したが、なぜか今はノンフィクション作家をしている変り種(もしかしたら建築家でもあるのでしょうか)。
本書は、そんな著者が建築学科の学生のときに、北京でおこなわれた国際建築家連盟の世界大会に参加したときに感じた違和感から語りはじめられる。それは、その世界大会で採択された建築家の資格制度についての国際的な統一ルールが、たいした論議もないまま、政治的にアメリカ主導で決められたことによる違和感である。そこから著者が調べ上げ浮かび上がらせるのは、アメリカの自国の国益だけを考えた世界戦略である。そして、日本はまさにアメリカ様に食い物にされているのである。
日本の構造改革は外圧だのみっていうのは、よく言われてきたことだが、その外圧の正体を本書は見事に晒してくれる。たしかに改革により国民の利益となることも多々ある、しかしそれはアメリカがアメリカの利益のためにやっていることのたんなる副産物であるのだ。すべては、日米構造協議から始まっており、その押し付けの内容は『年次改革要望書』という誰でも読める公文書に記載されているのである。まったく、ここまでアメリカの覇権主義の内幕を見せ付けられると、(聞き飽きるほど聞かされた)日本はアメリカの属国であるという言葉がまた一段とリアルに聞こえますな。
というわけで、なかなか面白い本でありました。ただし、後半ちょっと論理が飛躍しているのと、感情的にアメリカをなじる文章が目立ってくるところが残念でした。あと、わしは筆者ほどは悲観的でもないし・・・アメリカさんはきっとそのうち自分のやってることで足下掬われるんじゃないかと思うな。きっと、やりたい放題もそんなに続かないだろうと(根拠まったくないんだが)。
本書は、そんな著者が建築学科の学生のときに、北京でおこなわれた国際建築家連盟の世界大会に参加したときに感じた違和感から語りはじめられる。それは、その世界大会で採択された建築家の資格制度についての国際的な統一ルールが、たいした論議もないまま、政治的にアメリカ主導で決められたことによる違和感である。そこから著者が調べ上げ浮かび上がらせるのは、アメリカの自国の国益だけを考えた世界戦略である。そして、日本はまさにアメリカ様に食い物にされているのである。
日本の構造改革は外圧だのみっていうのは、よく言われてきたことだが、その外圧の正体を本書は見事に晒してくれる。たしかに改革により国民の利益となることも多々ある、しかしそれはアメリカがアメリカの利益のためにやっていることのたんなる副産物であるのだ。すべては、日米構造協議から始まっており、その押し付けの内容は『年次改革要望書』という誰でも読める公文書に記載されているのである。まったく、ここまでアメリカの覇権主義の内幕を見せ付けられると、(聞き飽きるほど聞かされた)日本はアメリカの属国であるという言葉がまた一段とリアルに聞こえますな。
というわけで、なかなか面白い本でありました。ただし、後半ちょっと論理が飛躍しているのと、感情的にアメリカをなじる文章が目立ってくるところが残念でした。あと、わしは筆者ほどは悲観的でもないし・・・アメリカさんはきっとそのうち自分のやってることで足下掬われるんじゃないかと思うな。きっと、やりたい放題もそんなに続かないだろうと(根拠まったくないんだが)。
コメントをみる |

中国はなぜ「反日」になったか
2005年5月25日 読書
新刊コーナーに置かれてたのでてっきり新刊かと思って買ったら2年前の本だった、本屋にしてやられました。でも、大変勉強になりました、ありがとう、読んでよかった。
わしは、中国はなぜ反日になったか?と問われたら「江沢民の反日教育が大きな原因でしょ」と答える。それは間違ってはいないのだが、それだけではあまりにうわべだけすぎるってのがよく分かった。中国と日本の関係、そしてそれにからむ米・露の戦略が、社会情勢や政治的、歴史的背景を細かく押さえて丁寧に書かれている。いやあ、日中関係ってほんと猫の目のように変わっていったんですね。
中国首脳にとって親日的な政策をとる事が、権謀術数渦巻く国内の権力争いの中でいかにリスクの高い行為であるかがよく分かりました。せっかく何とかうまくやろうとして友好的に進めているときに限って、日本の政治家は失言を繰り返すし靖国参拝始めるし、そりゃやってられんわな。
おそらく、このところの騒動で中国首脳は、反日教育の成果が結局は自分たちも統制できない怪物を作り上げてしまうということになりかねないと気付いたはずである。小泉首相の靖国参拝にとやかく言うのは、裏を返せば友好的政策への転換を図りたいという中国首脳からのメッセージであると思うのだが、純ちゃんがあんな調子じゃどうしようもないですな・・・。
わしは、中国はなぜ反日になったか?と問われたら「江沢民の反日教育が大きな原因でしょ」と答える。それは間違ってはいないのだが、それだけではあまりにうわべだけすぎるってのがよく分かった。中国と日本の関係、そしてそれにからむ米・露の戦略が、社会情勢や政治的、歴史的背景を細かく押さえて丁寧に書かれている。いやあ、日中関係ってほんと猫の目のように変わっていったんですね。
中国首脳にとって親日的な政策をとる事が、権謀術数渦巻く国内の権力争いの中でいかにリスクの高い行為であるかがよく分かりました。せっかく何とかうまくやろうとして友好的に進めているときに限って、日本の政治家は失言を繰り返すし靖国参拝始めるし、そりゃやってられんわな。
おそらく、このところの騒動で中国首脳は、反日教育の成果が結局は自分たちも統制できない怪物を作り上げてしまうということになりかねないと気付いたはずである。小泉首相の靖国参拝にとやかく言うのは、裏を返せば友好的政策への転換を図りたいという中国首脳からのメッセージであると思うのだが、純ちゃんがあんな調子じゃどうしようもないですな・・・。
コメントをみる |

妻の浮気―男が知らない13の事情
2005年5月23日 読書
さすがにこういうのいちいち買ってると収拾がつかないので(もうついてないが)立ち読み。著者は夫婦・家族問題コンサルタントでいままで離婚関係の著書が多々あり。この本は彼女の元に相談に訪れた13人の妻の記録である。
まあ、いまどき、妻のほうも夫に負けず劣らず浮気するってのはよく言われるところではあるが、さすが9000人の相談を受けてきただけあって、いろんなパターンの例をお持ちですね。浮気話ってのは、自分に関係なければこれほど面白い話はないのであって、なかなか楽しく読めました。なにより著者がさばさばしていていい、相談者がホストクラブにハマル心情を理解すべくホストクラブをはしごするくだりは大変に面白うございました。
ちょっと面白い話を読んで時間つぶしとかにはもってこいの本。もちろん、面白い話の裏には、家族を維持することや自分の欲望や欲求に折り合いをつけていくことへの示唆に富んだヒントが横たわっているのであるが。
まあ、いまどき、妻のほうも夫に負けず劣らず浮気するってのはよく言われるところではあるが、さすが9000人の相談を受けてきただけあって、いろんなパターンの例をお持ちですね。浮気話ってのは、自分に関係なければこれほど面白い話はないのであって、なかなか楽しく読めました。なにより著者がさばさばしていていい、相談者がホストクラブにハマル心情を理解すべくホストクラブをはしごするくだりは大変に面白うございました。
ちょっと面白い話を読んで時間つぶしとかにはもってこいの本。もちろん、面白い話の裏には、家族を維持することや自分の欲望や欲求に折り合いをつけていくことへの示唆に富んだヒントが横たわっているのであるが。
コメントをみる |

在庫過多なのに・・・。本日は仕事なので昼休み読書と思ったら本忘れた・・・。仕方がないのでブックオフで急遽仕入れ、村上春樹を適当に一冊買う。
いやあ、こんなに面白いのか村上春樹は、思わず昼休みを延長ししてしまった。いままで読まなかったのは大損失だな。いや、むしろこの本なんかは今読むからこれほど面白いんだろうな、若いときならつまらん小説だと思ったに違いない。
ストーリーは単純だし、たいした展開もない。しかし、主人公の「僕」の日常や心情の描写の奥行きの深いこと。すべてのシーンや台詞になにかの意味があるのではないかとついつい考えてしまう。なぜ、ここでこの人物が登場するんだ。この喩えはなんだ。これはいったいなんの話なんだ。物語の世界に囚われて、ぐるぐると思考は渦巻く。ああ、わしが今まで読んできた小説とは全然違う種類の質感だ、しいて言えば夏目漱石か。
さて、わしにはまだまだこれから読める村上春樹がたっぷりある。なんて幸せなことだ。
いやあ、こんなに面白いのか村上春樹は、思わず昼休みを延長ししてしまった。いままで読まなかったのは大損失だな。いや、むしろこの本なんかは今読むからこれほど面白いんだろうな、若いときならつまらん小説だと思ったに違いない。
ストーリーは単純だし、たいした展開もない。しかし、主人公の「僕」の日常や心情の描写の奥行きの深いこと。すべてのシーンや台詞になにかの意味があるのではないかとついつい考えてしまう。なぜ、ここでこの人物が登場するんだ。この喩えはなんだ。これはいったいなんの話なんだ。物語の世界に囚われて、ぐるぐると思考は渦巻く。ああ、わしが今まで読んできた小説とは全然違う種類の質感だ、しいて言えば夏目漱石か。
さて、わしにはまだまだこれから読める村上春樹がたっぷりある。なんて幸せなことだ。
コメントをみる |

少年犯罪の深層―家裁調査官の視点から
2005年5月19日 読書
少年犯罪の増加や凶悪化が言われだしてから久しい。少年犯罪について書かれた本も、ずいぶん多くなってきた。わしは新書になっているものは出来る限り読むようにしているが、この本もそういった理由で購入。なにより、現場の人(家庭裁判所調査官)が書いてるということから期待して読みました。
いや、なかなか面白かった。著者は、少年犯罪を見る視点として、今までの育て方の問題や社会環境の問題のほかに、脳の器質的な問題にもう少し目を向けるべきだと主張する。いわゆる自閉症スペクトラム障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)というやつだ。ただ、難しいのは、こういった症状だから犯罪に走るというのではなくて、症状を理解されずに育てられた結果犯罪を起こしてしまう不幸な例があるということである。その症状の理解のないまま少年を更正施設に送り込んだところで更正は見込めないだろうし、犯罪自体も理解されないだろう。なによりその視点によって、親に子育ての責任を必要以上に擦りつけなくてすむ(器質障害がありそれがわからなくて悩む親は多いだろう)。
もちろん、少年犯罪のうちで脳の器質障害が原因と考えられるものはほんの一部である。本書では器質障害に対する対応の問題が多く取り上げられているが、筆者の問題意識がそこにあったということであろう。全般的な少年犯罪に対する著者の考察については他の著書で書かれてるようなので機会があったら読んでみたいと思った。
あと、少年犯罪が凶悪化し激増しているという報道に対する筆者の反論(それほど増えていない、むしろ減っている)は、わしも意見を同じくするものであるが、同様の内容を扱ったと思われる『若者犯罪凶悪化は幻想か』間庭充幸著が在庫で読まれ待ちなのでそれを読んでからあらためて考えたい。
いや、なかなか面白かった。著者は、少年犯罪を見る視点として、今までの育て方の問題や社会環境の問題のほかに、脳の器質的な問題にもう少し目を向けるべきだと主張する。いわゆる自閉症スペクトラム障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)というやつだ。ただ、難しいのは、こういった症状だから犯罪に走るというのではなくて、症状を理解されずに育てられた結果犯罪を起こしてしまう不幸な例があるということである。その症状の理解のないまま少年を更正施設に送り込んだところで更正は見込めないだろうし、犯罪自体も理解されないだろう。なによりその視点によって、親に子育ての責任を必要以上に擦りつけなくてすむ(器質障害がありそれがわからなくて悩む親は多いだろう)。
もちろん、少年犯罪のうちで脳の器質障害が原因と考えられるものはほんの一部である。本書では器質障害に対する対応の問題が多く取り上げられているが、筆者の問題意識がそこにあったということであろう。全般的な少年犯罪に対する著者の考察については他の著書で書かれてるようなので機会があったら読んでみたいと思った。
あと、少年犯罪が凶悪化し激増しているという報道に対する筆者の反論(それほど増えていない、むしろ減っている)は、わしも意見を同じくするものであるが、同様の内容を扱ったと思われる『若者犯罪凶悪化は幻想か』間庭充幸著が在庫で読まれ待ちなのでそれを読んでからあらためて考えたい。
コメントをみる |

経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか
2005年5月17日 読書
文庫本だが結構高い(900円)のでてっきり新刊かと思ったら、2000年に出した単行本の文庫化であった。著者は日本暮らしの長いアメリカ人だが、やたら読みやすい文章を書くなと思ったら語りおろしであった(読みやすいからいいけど)。
端的にいって現代文明批判本なのであるが、一章を割いて日本国憲法の第9条擁護論を展開しているのがなにげにタイムリーであった。しかし、わしが読む本ではみんながみんな憲法改定には反対であるな、わしも同じ意見だけど、わしが選択的に改定論者の著書を排除してしまってるってことかな?まんべんなく読んでるつもりなんだけどな、逆に改定論を選択的に読まないといけないかも。
さて、本題の経済成長についての話であるが、著者はいわゆる「発展イデオロギー」が歴史に登場したのは、トルーマン大統領の就任演説であると明快に規定する。それ以降、世界は「未開発の国々」を「近代化」するというタームで動き出した。これによって、植民地主義ではわかりやすかった搾取の構造が「近代化」という言葉を隠れ蓑に見えにくく巧妙になってしまった。そして「発展」が無批判に正義とされる「常識」をわれわれが持ってしまったとする。
著者は、われわれが「常識」として持ってしまっている成長神話自体が通用しなくなるパラダイム転換が近々起こるだろうと予測し、われわれはそそれをより進めるために運動をしていかなければならないと主張する。
さて、本書が書かれた2000年から5年弱たって、社会は著者の言うパラダイム転換を徐々に迎えつつあるようには見える。しかしわしにはそれは本質的な転換には思えないな。便利に慣れたわれわれは、絶対に不便に戻ろうとはしないような気がする。せいぜいが技術的な進歩により、環境負荷を下げたりして破壊の度合いを下げているだけである。エコロジーとか環境にやさしいとはいうが、ほとんどはまやかしなんじゃないかな。なんだかすごい技術革新が起こらないかなあと思いつつ、浪費を少し抑えようかって考えてる程度の転換が起こってるにすぎないように思える(かくいうわしもまったくそういうヒトなのであるが)。
端的にいって現代文明批判本なのであるが、一章を割いて日本国憲法の第9条擁護論を展開しているのがなにげにタイムリーであった。しかし、わしが読む本ではみんながみんな憲法改定には反対であるな、わしも同じ意見だけど、わしが選択的に改定論者の著書を排除してしまってるってことかな?まんべんなく読んでるつもりなんだけどな、逆に改定論を選択的に読まないといけないかも。
さて、本題の経済成長についての話であるが、著者はいわゆる「発展イデオロギー」が歴史に登場したのは、トルーマン大統領の就任演説であると明快に規定する。それ以降、世界は「未開発の国々」を「近代化」するというタームで動き出した。これによって、植民地主義ではわかりやすかった搾取の構造が「近代化」という言葉を隠れ蓑に見えにくく巧妙になってしまった。そして「発展」が無批判に正義とされる「常識」をわれわれが持ってしまったとする。
著者は、われわれが「常識」として持ってしまっている成長神話自体が通用しなくなるパラダイム転換が近々起こるだろうと予測し、われわれはそそれをより進めるために運動をしていかなければならないと主張する。
さて、本書が書かれた2000年から5年弱たって、社会は著者の言うパラダイム転換を徐々に迎えつつあるようには見える。しかしわしにはそれは本質的な転換には思えないな。便利に慣れたわれわれは、絶対に不便に戻ろうとはしないような気がする。せいぜいが技術的な進歩により、環境負荷を下げたりして破壊の度合いを下げているだけである。エコロジーとか環境にやさしいとはいうが、ほとんどはまやかしなんじゃないかな。なんだかすごい技術革新が起こらないかなあと思いつつ、浪費を少し抑えようかって考えてる程度の転換が起こってるにすぎないように思える(かくいうわしもまったくそういうヒトなのであるが)。
コメントをみる |

舞城王太郎を読むのは2冊目、素晴らしい。これからも文庫になったら読んでいこう。でも、他のレビューをちょっとみたらあんまり評判良くないのね、この作品。わしはかなり面白いと思うんだが。
主人公の女子高生アイコは、かなりハチャメチャな性格だが、彼女の思考がいちいち文章にされているので、読者はアイコと否が応でも脳みその中身をシンクロされされてしまうつくりになっている。しかも、しりあがり寿ともタメを張るようなあの世のイマジネーション、読者はもう振り回されっぱなしだな、いやいや素晴らしいよ>舞城君。
ストーリーはちょっとみ、ポップなスラップスティック(どたばた)であるが、よく見ればなかなかどうして骨太な話である。そして、著者は残虐な話を笑い話のように書いているように見えるが、人の心の痛みを理解している。いや、スピード感にまぎれて見落とすけど、かなり手間をかけて練られたお話でした。
最後にわしがもっとも感銘を受けた文章を
−阿呆な自分はついて回る。そっからはどうしたって逃げられない。−
主人公の女子高生アイコは、かなりハチャメチャな性格だが、彼女の思考がいちいち文章にされているので、読者はアイコと否が応でも脳みその中身をシンクロされされてしまうつくりになっている。しかも、しりあがり寿ともタメを張るようなあの世のイマジネーション、読者はもう振り回されっぱなしだな、いやいや素晴らしいよ>舞城君。
ストーリーはちょっとみ、ポップなスラップスティック(どたばた)であるが、よく見ればなかなかどうして骨太な話である。そして、著者は残虐な話を笑い話のように書いているように見えるが、人の心の痛みを理解している。いや、スピード感にまぎれて見落とすけど、かなり手間をかけて練られたお話でした。
最後にわしがもっとも感銘を受けた文章を
−阿呆な自分はついて回る。そっからはどうしたって逃げられない。−
コメントをみる |

群像 06月号 [雑誌]
2005年5月8日 読書
わしが唯一参加している、YAHOO!グループの参加者が新人賞を受賞ということで早速おめでとう購入。いや、面識はおろか交流もないんですがね(笑)
評論部門 優秀作 水牛健太郎「過去 メタファー 中国 −ある『アフターダーク』論−」
水牛さんおめでとう!で、読んでみました。村上春樹論である、しかしこの時点でわしはすでにコメントする資格がない。なぜなら村上春樹はいままで一冊しか読んだことがないからだ、しかも読んだの浪人時代(20年前!)だし・・・覚えてるのは、なんかやたらビールをうまそうに飲む小説だったなってことだけだし・・・。
わしの村上春樹についてのイメージは、国民的人気作家だということと、なんだかメタファーの多い小説で評論家にはおおむね嫌われていること、(わしの知る限り)好意的なのは内田樹と加藤典洋(今回の選考委員)ってことだな。おかげさまで本の題名はほとんど知ってるけど、いつかは読もうと思ってるけど、すいませんこれから読みます。
で、肝心の評論ですが、『アフターダーク』を中心に村上春樹の作品のなかに見え隠れする、日本と中国との過去の歴史の問題についての考察を述べたもので、面白く読みました。ただ、(村上春樹を読んでないため)この考察の深さや鋭さがわからないのが残念。はい、読みますとも@村上春樹。
評論部門 優秀作 水牛健太郎「過去 メタファー 中国 −ある『アフターダーク』論−」
水牛さんおめでとう!で、読んでみました。村上春樹論である、しかしこの時点でわしはすでにコメントする資格がない。なぜなら村上春樹はいままで一冊しか読んだことがないからだ、しかも読んだの浪人時代(20年前!)だし・・・覚えてるのは、なんかやたらビールをうまそうに飲む小説だったなってことだけだし・・・。
わしの村上春樹についてのイメージは、国民的人気作家だということと、なんだかメタファーの多い小説で評論家にはおおむね嫌われていること、(わしの知る限り)好意的なのは内田樹と加藤典洋(今回の選考委員)ってことだな。おかげさまで本の題名はほとんど知ってるけど、いつかは読もうと思ってるけど、すいませんこれから読みます。
で、肝心の評論ですが、『アフターダーク』を中心に村上春樹の作品のなかに見え隠れする、日本と中国との過去の歴史の問題についての考察を述べたもので、面白く読みました。ただ、(村上春樹を読んでないため)この考察の深さや鋭さがわからないのが残念。はい、読みますとも@村上春樹。
コメントをみる |

「負けた」教の信者たち - ニート・ひきこもり社会論
2005年5月7日 読書
題名が秀逸である、ひさしぶりにおっと思わされる題名でした。ただし内容は、著者が連載していた「時評」や雑誌に書いたものを集めたものなので必ずしも題名に沿って書かれているわけではないですが。
前々から思っていたのだが、著者の斉藤環はわしと興味の対象やそれを見るときの立ち位置が非常に似通っている(正確には、わしが著者の研究領域に興味があり考え方に同意してるってことだけど)。本書では「メディア論」「若者論」「公正論」を主軸にいろいろな社会現象・事件に考察が加えられていく。内容は多岐に渡り、ニート・ひきこもり以外にも、ネット自殺や虐待、護憲問題、わいせつ裁判、触法精神障害者問題、少年犯罪などが取り上げられる。ね、わしの興味のど真ん中ばかりなのよ。
著者は、少年犯罪に関して、何か事件が起こるたびに起こるマスコミやネットでの大騒ぎを、それは「祭り」であると指摘している。誤解を恐れずにあえて「失言」してみせているのだが、なるほどそのとおりであると思う。
そして、犯罪における加害者の更正と被害者の回復について、「和解プログラム」に言及されているのも見逃せない。わしは(困難は多いが)加害者と被害者の対話・交流のなかにこそ回復への道のりがあると考える者なのでこの部分は特に興味深く読んだ。
本書を通じて、わしは著者の主張のすべてに同意できる。たまたま異論のある内容がなかったともいえるが、著者の【「専門家」とは何にでも回答できる人のことではなく、「何がわからないか」を正確に知っている存在のことなのだから。】という言葉に信頼を感じているからでもある。
前々から思っていたのだが、著者の斉藤環はわしと興味の対象やそれを見るときの立ち位置が非常に似通っている(正確には、わしが著者の研究領域に興味があり考え方に同意してるってことだけど)。本書では「メディア論」「若者論」「公正論」を主軸にいろいろな社会現象・事件に考察が加えられていく。内容は多岐に渡り、ニート・ひきこもり以外にも、ネット自殺や虐待、護憲問題、わいせつ裁判、触法精神障害者問題、少年犯罪などが取り上げられる。ね、わしの興味のど真ん中ばかりなのよ。
著者は、少年犯罪に関して、何か事件が起こるたびに起こるマスコミやネットでの大騒ぎを、それは「祭り」であると指摘している。誤解を恐れずにあえて「失言」してみせているのだが、なるほどそのとおりであると思う。
そして、犯罪における加害者の更正と被害者の回復について、「和解プログラム」に言及されているのも見逃せない。わしは(困難は多いが)加害者と被害者の対話・交流のなかにこそ回復への道のりがあると考える者なのでこの部分は特に興味深く読んだ。
本書を通じて、わしは著者の主張のすべてに同意できる。たまたま異論のある内容がなかったともいえるが、著者の【「専門家」とは何にでも回答できる人のことではなく、「何がわからないか」を正確に知っている存在のことなのだから。】という言葉に信頼を感じているからでもある。
コメントをみる |

戦後政治史を政治家の暴言から検証し、ここ数年の政治の変容を明らかにしようとした本。なかなか面白かったです。
著者は、政治家の暴言を(1)歴史解釈にふれる発言(2)女性蔑視、あるいは女性に対する性差別発言(3)倫理観にふれる発言(4)事実に反する虚偽の発言(5)無知丸出しの発言(6)イデオロギー対立からくる罵倒発言の6つに分類する。そして、戦後の社会の言論を、オモテの言論(平和憲法擁護、大日本帝国の思想・理念の批判etc)とウラの言論(大東亜戦争は民族解放戦争・自衛戦争だったetc)に分け、戦後政治家の暴言を分析していく。
戦後の政治化の暴言を詳細に見ていくと、暴言の質が現在に近づくにつれ配慮の無いどうしようもないものになっていっているのがよく分かる。とくに、(本音であるところの)ウラの言説を垂れ流してしまう政治家の最近多いこと。ここ数年の政治家の言説が、政治的無関心を背景に、いかにいいたい放題になっているか、なんだかうすら寒いものを感じるな。
著者の、「戦後の議会政治にあって、最大の失言を行ったのは実は、小泉純一郎首相ではないだろうか。」という意見にわしも賛同する。彼は、何を言っても支持率が下がらないので、自分の言説が国民を代表していると思ってしまってるんじゃないのか(実際に代表してたらそれはそれで鬱だが)、ちょっと冷静にわれわれも考えたほうがいいんじゃないのかと改めて思わせられた本でした。
著者は、政治家の暴言を(1)歴史解釈にふれる発言(2)女性蔑視、あるいは女性に対する性差別発言(3)倫理観にふれる発言(4)事実に反する虚偽の発言(5)無知丸出しの発言(6)イデオロギー対立からくる罵倒発言の6つに分類する。そして、戦後の社会の言論を、オモテの言論(平和憲法擁護、大日本帝国の思想・理念の批判etc)とウラの言論(大東亜戦争は民族解放戦争・自衛戦争だったetc)に分け、戦後政治家の暴言を分析していく。
戦後の政治化の暴言を詳細に見ていくと、暴言の質が現在に近づくにつれ配慮の無いどうしようもないものになっていっているのがよく分かる。とくに、(本音であるところの)ウラの言説を垂れ流してしまう政治家の最近多いこと。ここ数年の政治家の言説が、政治的無関心を背景に、いかにいいたい放題になっているか、なんだかうすら寒いものを感じるな。
著者の、「戦後の議会政治にあって、最大の失言を行ったのは実は、小泉純一郎首相ではないだろうか。」という意見にわしも賛同する。彼は、何を言っても支持率が下がらないので、自分の言説が国民を代表していると思ってしまってるんじゃないのか(実際に代表してたらそれはそれで鬱だが)、ちょっと冷静にわれわれも考えたほうがいいんじゃないのかと改めて思わせられた本でした。
コメントをみる |

しのびよるネオ階級社会―“イギリス化”する日本の格差
2005年4月28日 読書
うーん、話自体はそんなに変じゃないし、論旨に反論もないし日本社会が階級化されてきていることにも同意する。でも、自分話が鼻につくんだよな。それをキャラとして売りにしているのも分かるんだが、もう少しうまいやり方があるのではないかと。著者(大学中退)は自分が学歴コンプレックスとは無縁のような書き方をしてるが、それはないだろうと思わず突っ込みたくなるな、文章の隅々からそれを感じるんですが・・・(笑)
日本社会階層化についての話は、すでにあちこちで言われているし、本書では特に目新しい話もないし深い洞察もない。むしろ英国社会の話が著者の実体験に基づいていてなかなか面白い。読み物として気楽に読むにはちょうどいい本かなとそう思いました。
しかし、日本社会の階層化の話は聞くたびに気が重くなるな。本書でも触れられているが、下級層が固定されることによるモラルの低下、右傾化が日本でも進んでいくのは目に見えるようだ(憂鬱)。
日本社会階層化についての話は、すでにあちこちで言われているし、本書では特に目新しい話もないし深い洞察もない。むしろ英国社会の話が著者の実体験に基づいていてなかなか面白い。読み物として気楽に読むにはちょうどいい本かなとそう思いました。
しかし、日本社会の階層化の話は聞くたびに気が重くなるな。本書でも触れられているが、下級層が固定されることによるモラルの低下、右傾化が日本でも進んでいくのは目に見えるようだ(憂鬱)。
コメントをみる |

わしは、靖国神社には無知なので、靖国問題について少しは知っておいたほうがいいかなと思ってこの本を買った。いや、読んでよかったホントに面白い、文章も読みやすくてわかりやすいし、おすすめ。
著者は、靖国問題を●感情の問題●歴史認識の問題●宗教の問題●文化の問題、そして●国立追悼施設の問題と5章に分けて論じていく。そこで明らかにされていくのは、靖国神社は天皇を神とする国家の為に戦った君民だけを奉っていること。そして、それはその君民を悼んでいる(追悼)ではなく賞賛し、美化し、功績とし、後に続く者の模範としている(顕彰)のであるということ。つまり、国家の為に死ぬものを再生産するための装置であるということ。さらに、靖国神社の精神性が植民地主義から一歩も脱却されていないことである。
本書の最後のほうではちょっと同意しかねるところ(非武装を目指してるととれるところなど)もあるのだが、おおむね賛同できる。よくよく考えると、靖国問題は中国や韓国が文句言うからという問題ではなく、われわれ自身が見過ごしていていいのかという問題なのではないかと思った。
著者は、靖国問題を●感情の問題●歴史認識の問題●宗教の問題●文化の問題、そして●国立追悼施設の問題と5章に分けて論じていく。そこで明らかにされていくのは、靖国神社は天皇を神とする国家の為に戦った君民だけを奉っていること。そして、それはその君民を悼んでいる(追悼)ではなく賞賛し、美化し、功績とし、後に続く者の模範としている(顕彰)のであるということ。つまり、国家の為に死ぬものを再生産するための装置であるということ。さらに、靖国神社の精神性が植民地主義から一歩も脱却されていないことである。
本書の最後のほうではちょっと同意しかねるところ(非武装を目指してるととれるところなど)もあるのだが、おおむね賛同できる。よくよく考えると、靖国問題は中国や韓国が文句言うからという問題ではなく、われわれ自身が見過ごしていていいのかという問題なのではないかと思った。
コメントをみる |

人はなぜ学歴にこだわるのか。
2005年4月22日 読書
あー、非常に悔しいんですが、面白いです。
ちょっとした思い付きで学歴についてのもろもろを斬ってるのかなと思って読み進んでいましたが、なかなか深く、鋭かったです。著者はこの本を2000年に出してたんだな、うーん、慧眼です。
わしはあんまり学歴や学閥が関係ない企業に勤めているので、普段学歴について考えることってあんまりなかったな、出身学校を言うことだって最近は滅多になかったもんな。部内の人の学歴なんてほとんど知らんし、興味もない(もしかしてオレだけ?)。過去に上司に大学の先輩をもったことがあるが、そいつはわしにC判定つけやがったし(笑、いやほんとは笑い事ではないんだけどね)学歴の恩恵って感じたことないな。
でも、この本の内容には素直に納得がいきました、面白くて読みやすいのでお勧めです。ただし、何の結論もでません。
ちょっとした思い付きで学歴についてのもろもろを斬ってるのかなと思って読み進んでいましたが、なかなか深く、鋭かったです。著者はこの本を2000年に出してたんだな、うーん、慧眼です。
わしはあんまり学歴や学閥が関係ない企業に勤めているので、普段学歴について考えることってあんまりなかったな、出身学校を言うことだって最近は滅多になかったもんな。部内の人の学歴なんてほとんど知らんし、興味もない(もしかしてオレだけ?)。過去に上司に大学の先輩をもったことがあるが、そいつはわしにC判定つけやがったし(笑、いやほんとは笑い事ではないんだけどね)学歴の恩恵って感じたことないな。
でも、この本の内容には素直に納得がいきました、面白くて読みやすいのでお勧めです。ただし、何の結論もでません。
コメントをみる |

天才棋士と騒がれる一方、ギャンブルで作った借金は億単位、正妻と子供のいる自宅には三年間も帰らず愛人の所に入り浸り、酒での乱行も数知れず。そんな秀行さんも齢八〇を超えた。とっくに博打場でくたばっているはずが、死神にも見放されたらしい。三度のガンを患うも、みな克服してしまう。「こんなに長く生かしやがって」憎まれ口をききながら、今日も競輪場に通う――。無頼派勝負師が語る痛快なるその半生。
いや、このおっちゃんすごいね。ちょっと内容を見るのにぱらぱらとめくったら面白くてそのまま読了してしまった(笑)。おそらく口頭筆記でライターが文章は書いているんだと思うが読みやすくていいんじゃないでしょうか。
碁の世界は、マンガ『ヒカルの碁』でちょいと勉強させてもらったのでなんとなくイメージはつかめていたが、こんな傑物もいたんですね、このキャラがなんで『ヒカルの碁』にでてこないんだぁー!とまったく関係ないが思ってしまう。とりあえず、何事にも過剰、ひたすら過剰な勝負師の半生でした。
コメントをみる |

たまにふと読み返したくなる本が何冊かある。中井英夫の『虚無への供物』やチャンドラー『長いお別れ』、半村良『妖星伝』、夢野久作『ドグラ・マグラ』、平井和正の「ウルフガイシリーズ」まあほかにもあるのだが、この本もそのうちの一冊である。少し違うのは、この本を読み返す理由は、単に文章を楽しむためであって、内容やキャラクターに思い入れがあるわけではまったくないってことだ。
実際のところ、この連作集のなかの中篇『竈の秋』なんかいまだにストーリーがよく分からない。というか、何が起こったのかさえよく分からないのだ(たぶんわしの脳みそが足りないんだが)。それでも読み返すのは、わしは山尾悠子の文章そのものにやられてしまっているからである。描写に選ばれる文体・修辞・語彙、まさに幻想文学という名にふさわしい文章だと思う、文章だけでこれだけ悦楽に浸れる作家はなかなかいない。
「――これは落ち葉枯葉のものがたり。」ではじまり、「――人びとを眠らせて、雪は真白に降り積もる。目を閉じていても見える、たとえ眠っていても、夢の底を照らすほどに満開の冬の花火は。」でおわる少女とゴーストの交流を描いた美しい短編『閑日』がとくにお勧め。
実際のところ、この連作集のなかの中篇『竈の秋』なんかいまだにストーリーがよく分からない。というか、何が起こったのかさえよく分からないのだ(たぶんわしの脳みそが足りないんだが)。それでも読み返すのは、わしは山尾悠子の文章そのものにやられてしまっているからである。描写に選ばれる文体・修辞・語彙、まさに幻想文学という名にふさわしい文章だと思う、文章だけでこれだけ悦楽に浸れる作家はなかなかいない。
「――これは落ち葉枯葉のものがたり。」ではじまり、「――人びとを眠らせて、雪は真白に降り積もる。目を閉じていても見える、たとえ眠っていても、夢の底を照らすほどに満開の冬の花火は。」でおわる少女とゴーストの交流を描いた美しい短編『閑日』がとくにお勧め。
コメントをみる |

14歳の子を持つ親たちへ
2005年4月19日 読書
内田樹氏の対談本、今度のお相手は精神科医の名越康文氏。前回の「インターネット持仏堂」と比べて(往復書簡ではなく対談という理由もあるのかもしれないが)話がやたら弾みますね、完全に二人がシンクロしてます、大変に面白うございました。子育てに悩んでこの本を手に取った親御さんにどれくらい参考になるのかはなんともいえませんが・・・。
わしはこれでも、もうすぐ16歳の子を持つ親なので、この本の題名からくるターゲットにはかなり近い。で、この本が子育てについて参考になったかというと、まずテクニックとしてはまったく役に立たない、ただ少し心が安らいだというぐらい。では、読まなくてもいいかといわれると、うーーーんと考えて「読んだほうがいいんじゃない」と答える。読んどきましょう。
実際に経験してみて、子供を育てるのはなかなか大変だ、しかも成長するにつれ大変になる。金がかかるというだけではなく、否が応でも心配させられるというか、いやほんと心労が絶えないあるよ(笑)。いろいろ心配して、どこまで話すべきか考えに考えたうえ、やはり見守るしかないという結論に達する。この身もだえしそうな状況に置かれ続けるのはなかなかに得難い経験であるので、未経験の諸兄には是非体験をお勧めする。しかし、しかしだ、子育てはこう書くとめんどっちいが、トータルで考えると結構お得であるということはこっそり言っておく。
親というのは役割であるので、それを演じればいいのである。子供に対する愛情というのは自然に湧いてくるものではなく、そうなるもんだという思い込みである。このことは、まったくそのとおりだと思います>両氏<加えて、対談の内容に対する異論も反論もありません(わしの頭の中はかなりウチダに汚染されているので)。
わしはこれでも、もうすぐ16歳の子を持つ親なので、この本の題名からくるターゲットにはかなり近い。で、この本が子育てについて参考になったかというと、まずテクニックとしてはまったく役に立たない、ただ少し心が安らいだというぐらい。では、読まなくてもいいかといわれると、うーーーんと考えて「読んだほうがいいんじゃない」と答える。読んどきましょう。
実際に経験してみて、子供を育てるのはなかなか大変だ、しかも成長するにつれ大変になる。金がかかるというだけではなく、否が応でも心配させられるというか、いやほんと心労が絶えないあるよ(笑)。いろいろ心配して、どこまで話すべきか考えに考えたうえ、やはり見守るしかないという結論に達する。この身もだえしそうな状況に置かれ続けるのはなかなかに得難い経験であるので、未経験の諸兄には是非体験をお勧めする。しかし、しかしだ、子育てはこう書くとめんどっちいが、トータルで考えると結構お得であるということはこっそり言っておく。
親というのは役割であるので、それを演じればいいのである。子供に対する愛情というのは自然に湧いてくるものではなく、そうなるもんだという思い込みである。このことは、まったくそのとおりだと思います>両氏<加えて、対談の内容に対する異論も反論もありません(わしの頭の中はかなりウチダに汚染されているので)。
コメントをみる |

豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)
2005年4月17日 読書
早速読み返し始めたグイン・サーガであるが、背表紙の色は褪せ、紙は茶色になっておりなかなか年月を感じさせる。なんといっても25年ほど前の文庫本だもんな。
まあ、これからは一巻読むごとに感想ってのは避けたいと思うが、なかなか面白くそして感慨深かった。長大な物語が胎動を始めるこの巻は、いや、まさに剣と魔法の物語・ヒロイックファンタジーそのものであったのだな。いまや、グイン・サーガはヒロイックファンタジーとは呼べないものになっている、それは別に悪いことではなくて、ヒロイックファンタジーの要素を含んだ物語になっているというだけのことである。そしてこれはほんとに語り続けられるための物語なのであると思う。
わしは、グイン・サーガから逆にコナン・サーガやムアコックの一連のエターナルチャンピオンシリーズ(エルリックやコルムやエレコーゼやホークムーン)などのヒロイックファンタジーに入っていったのでえらそうなことは言えないが、この一巻はやっぱりそんな物語の匂いがしてとても懐かしい。あとがきでは(まだ自分のことを「ぼく」とよんでいた)栗本薫自身が、ヒロイックファンタジーへの想いを切々と書いている。そして、ヒロイックファンタジーについて素晴らしい解説をしているのでそのまま抜き出す。
うーん、やはりこんなの中学生で読んだら夢中になるのも仕方ないよな。
まあ、これからは一巻読むごとに感想ってのは避けたいと思うが、なかなか面白くそして感慨深かった。長大な物語が胎動を始めるこの巻は、いや、まさに剣と魔法の物語・ヒロイックファンタジーそのものであったのだな。いまや、グイン・サーガはヒロイックファンタジーとは呼べないものになっている、それは別に悪いことではなくて、ヒロイックファンタジーの要素を含んだ物語になっているというだけのことである。そしてこれはほんとに語り続けられるための物語なのであると思う。
わしは、グイン・サーガから逆にコナン・サーガやムアコックの一連のエターナルチャンピオンシリーズ(エルリックやコルムやエレコーゼやホークムーン)などのヒロイックファンタジーに入っていったのでえらそうなことは言えないが、この一巻はやっぱりそんな物語の匂いがしてとても懐かしい。あとがきでは(まだ自分のことを「ぼく」とよんでいた)栗本薫自身が、ヒロイックファンタジーへの想いを切々と書いている。そして、ヒロイックファンタジーについて素晴らしい解説をしているのでそのまま抜き出す。
ヒロイック・ファンタジー――それは、本質的に《夜》に属する物語である。夜と闇、呪文といかがわしい黒魔術、淫祠邪教と病んだ魂とに。
ヒロイック・ファンタジー――それは必ず、熱にうかされて見る悪夢の様相をその内にいつまでももっていなくてはいけない。
ヒロイック・ファンタジー――それは本質的に、成長して子供部屋を立ち去ってゆくことを忘れてしまった、狂った子供のおもちゃ箱であり、母の死をきくまいと自分の頭をうちぬいた明るい青い目(ほんとにそうでなくたってかまやしない)の大男が、その病んだ心の暗がりで見つけた妖女である。
うーん、やはりこんなの中学生で読んだら夢中になるのも仕方ないよな。
コメントをみる |

グインサーガ 100 豹頭王の試練
2005年4月15日 読書
この第100巻はまだ買っていない。というか、自宅の本棚を確認したところ、第74巻までは買っているということが分かった。読んでるのは50巻ぐらいまでかな・・・。しかし、本屋で実際にこの区切りの第100巻をみて、やはり読まなくてはならないという気になってしまった。思えば、中1のころから読んでるんだよな、ストーリーはそれこそありとあらゆる物語の要素が詰まっていて面白かったんだけど、ちょっと冗長な文章がだめになって中断してしまっていた。
でも、店頭でこの本をぱらぱらと読んでみて、うー、なんか読めそうな気がしてきてしまった。100巻・・・一日一冊読んでも3ヶ月以上、3,4日に一冊のペースで一年か、う・う・う。できれば読書時間をグインサーガのみにするってのは避けたいしなあ・・・。まあ、うだうだ言ってないでとっとと読もう。前半は読んでるわけだから1冊一時間ぐらいで読めるかもしれんし(無理)。
でも、店頭でこの本をぱらぱらと読んでみて、うー、なんか読めそうな気がしてきてしまった。100巻・・・一日一冊読んでも3ヶ月以上、3,4日に一冊のペースで一年か、う・う・う。できれば読書時間をグインサーガのみにするってのは避けたいしなあ・・・。まあ、うだうだ言ってないでとっとと読もう。前半は読んでるわけだから1冊一時間ぐらいで読めるかもしれんし(無理)。
コメントをみる |

声に出して読みたい日本語 (4)
2005年4月14日 読書
今や、次から次へベストセラーは出すわ、テレビには出まくるわ、当代随一の売れっ子教授の斎藤孝であるが、やはり世間に知られ出したのはこの『声に出して読みたい日本語』シリーズからであろう。このシリーズは、名文といわれる日本語(翻訳もある)のテキストを抜き出し、大きな書体ですべての漢字にルビを振り、誰でも朗読できるように作られていて、それぞれの文章の最後に著者の解説があるという体裁になっている。
わしは、高校時代には「奥の細道」とか「方丈記」を趣味で暗唱するような学生だったので、最初に『声に出して読みたい日本語』を本屋で見かけたときは素直にやられたと思った。ひがみっぽいわしは基本的に売れっ子は嫌いだが、この著者の方法論はまったく正しいと(残念ながら)思う。なので新刊が出ると買っていそいそと読んでしまうのだ(今のところこのシリーズ以外に手を出そうとは思ってないが)。
で、さらさらと読んでみて、4巻目になっても著者の文章のセレクトはセンスが良いと再認識する。今回は村上春樹や町田康も登場だ。著者が「相田みつを」とかをセレクトするようにさえならなければ、これからも楽しみに買い続けることでしょう。
わしは、高校時代には「奥の細道」とか「方丈記」を趣味で暗唱するような学生だったので、最初に『声に出して読みたい日本語』を本屋で見かけたときは素直にやられたと思った。ひがみっぽいわしは基本的に売れっ子は嫌いだが、この著者の方法論はまったく正しいと(残念ながら)思う。なので新刊が出ると買っていそいそと読んでしまうのだ(今のところこのシリーズ以外に手を出そうとは思ってないが)。
で、さらさらと読んでみて、4巻目になっても著者の文章のセレクトはセンスが良いと再認識する。今回は村上春樹や町田康も登場だ。著者が「相田みつを」とかをセレクトするようにさえならなければ、これからも楽しみに買い続けることでしょう。
コメントをみる |
